騎士団長殿下の愛した花
「もしお前がさっきの問いの後者を選ぶなら、これを飲め。解薬剤だ。長の部屋から盗ってきたから、効果は折り紙つきだぞ」
「盗って、って……」
大丈夫なの、と訊ねようとして口を閉じた。恐らく彼にはもう帰る気が無いのだ。レイオウルに自分を殺せと言ったのは割に本気だったのかもしれない。だからフェリチタは違う問を投げかけた。
「どうして、2本?」
「お前と……あとのもう1本は誰かに渡しても渡さなくても好きにすればいい。これはもう、お前のもんだ」
瓶を強引にフェリチタの手に握らせて、森人の青年はその小さな手を上から手のひらでぎゅうっと包み込んだ。
森で過ごした10年間、ずっとフェリチタを守ってくれていた大きな手。
「…………真実を知っても……俺はどうすればいいのかずっと悩んできた。だが結局どうする事もできなかったからな、そろそろもう諦めるべきかと思っていた。
なあ、でもさ。……自分の好きな奴が、ずっと偽りの記憶に縛られているのを黙って見ていられるか?」
フェリチタが何か言う前に、ヤーノは大きく首を振った。さっと素早く手を離す。
「だから、アイツが攫ってくれてよかった。運命だと思った。アイツがお前の事を『フェリチタ』という一人の女の子として受け止めてくれる奴でよかった。お前が、アイツを好きになってくれて……よかった」
「ヤーノ、」
「最後まで俺の自己満足に付き合わせて、ごめんな」
感情を押し殺したような不自然な真顔に、フェリチタはかける言葉を見つけられず。
「──じゃあな、フェリ」
表情を消したまま頬を転がる、ぽろりと1粒。
それは2人の別れの合図で。
フェリチタは最初で最後の、ヤーノの涙を見た。