騎士団長殿下の愛した花
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部屋に戻ったフェリチタは硝子瓶を握ったまま、しかし栓を開けられずにいた。
「真実を……知る」
躊躇ってしまうのは、自分の10年間の価値を失いたくないからだ。森人として生きてきた10年間を。ただの自分の卑怯な弱さだといい加減分かっていたけれど、もしかしたら人生の半分が無駄だったかもしれないと思うと……簡単に踏み出せなかった。
「絶望、か」
突然言われたってそれがどういうものなのか具体的には想像がつかないけれど。
飲んだって飲まなくたって、どうせ彼が居なくなってしまうなら一緒のこと、とフェリチタは迷いを振り切るようにひと息に栓を抜くと勢いよく瓶の中身を煽った。
「……!?」
舌がびりびりと痺れて途端に不安になるが、その頃にはもう嚥下してしまっていた。
痺れが全身に広がっていく。力が入らなくなって手から瓶が零れ落ちて、カーペットの上に鈍い音を立てて転がった。
拾い上げようと俯く。と、その瞬間ぐにゃりと視界が歪んだ。
視覚が奪われる。その代わりのように鮮明になったのは心の騒めきで。
無責任に言えた無邪気な言葉。幼かった頃の自分の言葉が……溢れてくる。
幾ら引き剥がしても削り落としても洗い流しても無くならなかった。しつこくしつこく、こびりついていた慕情。
思い出せなくても確かに残っていた。
それが火種になったように、かっと心臓が熱くなって。
次々に蘇ってくる純粋な……鋭利な感情。