騎士団長殿下の愛した花
──暗転。暗転。暗転。
目まぐるしく変わっていく情景。
抑え込まれていた記憶が闇から溢れる。純真で真っ直ぐで、眩しくて目を背けたくなるような光の欠片。零れ落ちて色とりどりの波紋を広げていく。
ずっと感じていた違和感が消えていく。
(私は、どうして忘れていたの。忘れていられたの)
記憶と共に戻ってきたのは、幼い自分の感情。
(私は、)
胸を焦がすような強い思慕に思わず嘔吐きそうになって。
(ずっとずっと昔から、レイのことが好きだった)
でも。
滲み出てきた涙を一瞬で乾かしたのは、深い喪失感だった。
喪われた10年間の途方もない長さ。
一緒に過ごせた時間の恐ろしい短さ。
想いを取り戻した故の頽れそうな虚しさ。
(私は、あとどれだけレイと居られる?)
こんなことを今更知ったとして、もうほんの少ししか一緒に居られないのに。
2種族が決死の覚悟で挑む全面戦争。きっと殆どの騎士たちが、きっと彼も、生きて帰っては来られないだろうから。
いっそ知らなければよかったと──一瞬そう思ってしまった。
フェリチタはきつく目を閉じた。なるほど、思い出してしまえば酷く後悔する。
だからずっと自分は無意識に真実を知ることを避けていたのだろう。違和感に気づくのを躊躇っていたのだろう。目を背けていたのだろう。
「『絶望』って、これのことなの?……ヤーノ」
答える声はもう無い。
本当は幼馴染みではなかったとしても、フェリチタにとっては大切なひとだった。危険を冒してまで選択肢を与えてくれた、ただひたすらに優しい彼。フェリチタに想いを伝えつつも答えを求めなかった、優しい彼。
死んだように生きるか、絶望するか。
今までが前者だったとするのなら、どちらも苦しいことには変わりない。