騎士団長殿下の愛した花
「……まさかお前はヤーノ=ルクリオの父親か」
「いかにも。いや、あの者はもはや息子ではないわ。ああ、やはりもう森人の使者など殺されたか?」
自分の息子を嘲笑するその姿に憤りが沸き上がってくるのを感じた。怒りに任せて剣を振り払う。
「殺すわけがない。殺す理由もないからな……っ!」
「……へえ、容貌と違って随分とお優しいのだなぁ、人間の騎士団長様は」
『お優しい』、どこかでも聞いた言葉だ、とレイオウルは唇を歪める。嫌な響きだ。
再び剣閃。鍔迫り合いをしながらルーベンは嗤う。
「そのような人物が騎士団の頭だから奇襲攻撃までしてもこれほど苦戦するのだ、まだわからないのか?」
「……」
問答などする必要は無いと無言を貫くレイオウルを気にすることも無く森人の戦士は続ける。
「今だってそうだ、貴様から殺気を感じない。本当に私を殺す気があるのか?まさかまだ相手を殺さずに済むとでも思っているのか!はは、貴様がそんな甘い考えを持って部下を育てるために甘いヤワな騎士が増え、戦場に於いて無為に犠牲が増えているのだぞ?」
「……何を、」
弁舌を振るうことでこちらの動揺を誘っているのだと解った。それでも目の前にいる者の言葉を聞き流すのは難しい。何より自覚がある故に。
戦いに出たこと、敵を傷つけたこと、戦闘の経験は幾度もあったが、実は今まで命を奪ったことは無かった。戦闘不能にすれば同じ事だと。
本当の意味での死闘を経験したことは無かったのだ。圧倒的戦力の差で相手を殺さずに叩きのめす。そのために強さを追求していたと言っても過言では無い。弱さ故に強くあろうとしていた。