騎士団長殿下の愛した花
言葉だけだと驕りのようだが、事実、これほどまでに強い敵と戦うのは初めての事であったのだ。本気で斬らなければ、勝てない相手───
「この戦争に負けるのは、貴様のせいだ。そして、この戦いに負けるのも、己が心の弱さ故だと頭に叩き込めッ!」
「!」
ルーベンの左手が閃く。いつの間にかそちらの手に握られていたのは長い刀身のサーベルだった。
(いつの間に……)
鞘から抜いたのが全く見えなかった、恐るべき早業だ。しかしどちらにせよランスを受け止めている彼にはその斬撃に反応することはできない───
次の瞬間弾けるように飛び散った鮮血がレイオウルの陶器のような頬にくっきりと紅の華を咲かせた。
手の感覚が無くなって、ドサリと嫌な音がした。
焼き鏝を押し当てらてたような変に鈍い痛みに視線をやって、やっと状況を理解する。綺麗な断面が顔を覗かせている───右肩から先が無かった。
「……ッ!」
武器を失ったレイオウルは、咄嗟の判断でランスを掻い潜り自ら馬から転げ落ちる。
追い打ちを掛けてくるかと思ったが、森人の戦士はただ彼を見下ろすだけだった。期待外れだと言わんばかりに嘲りの冷たい視線を注ぎながら。
「貴様は殺す資格もない。そこで地面に這いつくばりながら、傷ついていく同胞を見殺しながら、戦えなくなった己の惨めさを思い知るがいい」
文字通り吐き捨てて、こちらを一瞥することも無く立ち去っていった。
それを為す術もなく呆然と見送って、レイオウルはじりじりと湧き上がって来た強烈な痛みに唇を噛み締める。左手で苦戦しながら止血して、どさりと岩に寄り掛かった。衝撃が肩に響いて思わず呻く。
利き手が無ければ、もはやまともに戦うことはできない。いっそ一思いに命を奪ってくれた方が良かった。こんなの死んでいるのと同義だ。自分はよほどルーベンの気に障ったのだろう。