騎士団長殿下の愛した花
しかしレイオウルが項垂れているのにはもう一つ理由があった。
片腕を失って1番に思いついたのが、もう戦えないという事ではなく……フェリチタの事だったからだ。自分は騎士で、戦うことは何よりの存在価値の筈なのに。
己の両腕で彼女のあの小さな肩を抱き締める事が、もう出来なくなってしまったと。昨夜繋いだ右手の温もりをもう反芻する事ができなくなってしまったと。このような状況にあっても想うのは彼女の事ばかりで、否応なしに自分の中の彼女の存在の大きさを突きつけられた。
もはや自分は彼女無しでは生きていけない。彼女の存在が、自分そのものに等しいのだから……
───『もし、戦場で……私を連れて行かなかったことを後悔したら、これを飲んで』
「僕はそんなこと思うはずないって、答えたんだっけ……」
彼女の言葉を思い出し、自分の事などつくづくお見通しなのだなと思い薄く笑う。そして懐に収めていた小瓶を取り出した。
透き通った液体が光を反射させてきらりと光る。その煌めきに誘われるように栓を抜き一気に呷った。
少しとろりとする薬を嚥下すると、全身を痺れが襲った。視界か歪んで、気分の悪さを感じたレイオウルはそっと瞼を伏せる。
───レイ!
頭に響いた良く知った声に、はっ、と勢い良く目を開けた。
彼の視界に広がっていたのは血に塗れた戦場ではなく、彼の耳朶を叩くのは同僚の悲鳴ではなかった。
年に数度開かれる、誕生祭恒例の屋台。吊り下がった特徴的な洋燈。陽気な笑い声に、楽しげに手を叩く音。
とっぷりと日が落ち、微かに鼻につく火薬の匂いがしていた。