騎士団長殿下の愛した花

「うふふふ、お前が弱いから、守れないのですよ?心配なさらず、成人まで大切に育てますよ……私の娘としてね」

「…………なん、だって?」

「さて、面倒なので今日の事も適当に誤魔化しましょう。そうですね、『突如として森から武装した森人たちが大勢市街地になだれ込んできたかと思うと、突然の出来事に呆気に取られる住民たちを、女も子どもも全て惨殺した。』……なんてどうです、良い筋書きだと思いません?
その位でなければ全面戦争などが始まる理由にはなりませんし。まさか小娘1人のせいで戦争になるなんて誰も思いもしないでしょう?
そう、皆この娘の事を忘れるんですから」

頬を蒸気させて恍惚とした表情でペラペラと喋るその姿はいっそ攻撃してくるよりも恐ろしい。

こいつは一体、何を言っているんだ……?

「騒がれても面倒です、やりなさい」

顎をしゃくった女に頷いて部下の森人がレイオウルに迫った。避ける間もなく、首筋を打たれる。

「私の名はアルル=シャトヤンシー。お見知り置きを……と言ってもどうせ忘れてしまいますものねえ?」

狭まっていく視界の中、自分を易々と気絶させた男と、にやあっと心底愉しそうに嫌らしく笑ったアルルの顔が焼き付いて────


「────」

右肩の鈍い痛みだけが、確かに自分の意識が現在に戻ってきたのだと教えてくれる。

もう二度と、あの頃のように彼女の手を握れないという証拠だけが。

何故今まで忘れていた?忘れていられた?大好きだった……彼女と過ごした日々は、宝物だったのに。

この薬を渡したのだから、フェリチタは思い出しているのだろう。彼女は……忘れるはずがないと言った昨夜の自分の言葉を、一体どんな気持ちで聞いていたのだろう?

そう思うと、次々に温かいものが頬を濡らして止まらなかった。

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