騎士団長殿下の愛した花

涙を流したのなんて、いつぶりだろうか。彼女が自分の記憶の中から消えてから、それを認識できていないにせよ、ぽっかりと自分の中に空いた大きな穴が感情を希薄にしていたのだろう。

彼女と再び出会えてから、大切なものを取り戻した感覚が酷く明確にある。いつの間にか笑えなくなっていた、弱音を吐けなくなっていた、泣くことが出来なくなっていた自分が元に戻っていく感覚。

ああ、自分が思っていたより、ずっと───自分は彼女のことを『愛している』のだ。愛していたのだ。ずっとずっと、前から。

もう一度……抱き締めたい。片腕でもいい。あの柔らかな熱をもう一度。

それまでは、何があっても死ねない。

遠くから蹄の音がぐんぐんと近づいてきて、ゆっくりと顔を上げる。ルーベンの気が変わったのかとも思ったが、ひたすらにこちらに向かってくるその馬は世にも珍しい金毛。そんな馬は一頭しかいない。

「……アエラス!?」

連れて来なかったはずだ。彼は戦友だが、それ以上に幼少期からずっと一緒だった彼をこんな戦争には連れていきたくないと思って置いてきたのに。

その思考を呼んだように、アエラスが激しく鼻を鳴らした。なぜ俺を連れていかないんだ、だからそんな不甲斐ない様を晒しているんだろう?とでも言うように。

部下達が連れてくるとは思えない。だとすれば、恐らくフェリチタがアエラスと一緒に来たとしか……

まったく、と呟く。まあ大人しく自分の言うことを聞いてくれるとは思っていなかったけれど。相変わらず向こう見ずで危なっかしくて、心が誰より強い彼女。

「……戦わなきゃ、守れないもんな」

剣を拾い、片腕でバランスが取れないながらもどうにか乗る。

「あいつは僕が倒す。もう一度、奪われてたまるか……!」

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