騎士団長殿下の愛した花

主人を乗せたアエラスが走り出す。どの馬より早い、風(αέρας)の名を冠した彼は戦場を誰より早く駆け抜ける。

「いた……!」

どこよりも血腥い場所。戦いの匂いが濃い場所。その中心でまるで嵐のようにランスを振り回し、怪我人の山を築いているのは見間違えるはずもない、あの大男ルーベン。

背後から斬りかかる。流石の反応でこちらに対応すると、驚いたように目を見開いた。

「……貴様、わざわざ殺されに来たか」

「まさか。お前を倒しに来たんだ」

「戯言を!」

かん、と軽々と剣が弾かれる。利き手ではない手で握る剣は、流石に軽い。攻撃を受け止めるのは難しいだろうと思う。鍔迫り合いにもならないだろう。

「利き手も失ったその様で、何が出来るという?」

嘲けるのも当然だろうと思う。でも今は、相棒がいる。絶対に負けられない理由がある。

「僕が……お前を倒してフェリチタを守る!」

アエラスがいる今、機動力は間違いなく自分に分がある。問題はリーチと攻撃力だ。張り合おうと思ってはいけない。じっと、チャンスを待つ。

突き出されるランスを幾度も躱す。サーベルもさっき見た。隠し武器にはなり得ない。

「~~~ッ、威勢の良いことを言っておいて、逃げるだけか!」

森人は頭に血の上りやすい種族。躱し続けるのは至難の業だが、きっと、もうすぐ……

「このおぉぉおおお!!」

裂帛の気合と共に振り下ろされる二刀。凄まじい速さだが、軌道は単調だ。身体をねじって避けると、左手をぐっと握り込んだ。

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