騎士団長殿下の愛した花
(ここだ!)
がら空きになったルーベンに向かって剣を振り抜く。
左手でいい。威力は要らない。当たればいいんだ───
(届け、届け、届け!)
「あああああぁぁあ!!」
気合いと共に剣の切っ先がルーベンの顔面を捉えた。愕然とした表情を、歯を食いしばって横薙ぎに切り裂く。戦えないように……レイオウルの狙い通りに両眼を潰されて、よろめいた大男は馬から転がり落ちた。
「僕もお前に言ってあげるよ。お前みたいな血の気の多い奴が指揮を執ってたら、案外早く全滅するんじゃない?怪我人の多さに長期戦は不利かと思ってたけど、力にものを言わせてただけか、拍子抜けだよ」
「くっ……」
「それに、僕はお前と会ったことがある。まあそっちは10年も前のこと、弱い小僧の顔なんて、覚えてないかもしれないけど───」
フェリチタを連れ去った時、自分を気絶させたあの大男は、間違いなくこの男だった。
「僕はもう弱くない。命を奪わずに勝とうとするのが弱さだっていうのはちょっと短絡的なんじゃないかな、と僕は思うけど?」
「……生憎、私は頭が固いのでな、そうそう簡単に、はいそうですかとは言えん」
盲目になった歴戦の戦士はふっと自嘲するように笑う。戦う力を失った両軍の指揮官は、今のほんの一瞬だけ、戦場に居ながら何故か酷く凪いだ気持ちで佇んでいた。
別に言ってくれなくていいよ、と売り言葉に買い言葉で告げようとしたレイオウルは、両族の狭間で思い悩んでいた少女の姿を思い出し、言葉を呑み込んだ。
「僕たちって……分かり合えないのかな……」
「…………フン、若造が」
唇をひん曲げて笑ったその顔は、どことなくレイオウルに肯定的な気配を帯びている、気がした。
昔から長らく啀み合ってきた自分たちが、友好を実現しようとするのは酷く難しいかもしれない。
でも……もしかしたら、これから先は、わからないではないか───?
ぽつっ、と頬に水が滴った気がして掌で拭う。
「なに?」
気の所為かと思ったのも束の間、次々に雫は増えていきすぐに土砂降りになった。
その雨が、何故かとても綺麗に思えて───レイオウルは空を仰いで、ゆっくりと目を閉じた。