騎士団長殿下の愛した花
少女は縋るようにその宝石の瞳を潤ませながら暫く天を見つめていたが、程なくしてだらりと体を弛緩させた。
「……やっぱりだめ、なんだね……」
微かに唇で弧を描く。
「神様も運命も……うそつきだなあ」
丘の端に立って片脚を宙に浮かせてせせら笑って見せる。
己の身に剣を突き立てる程の勇気は無かった自分に、あの日神託が降りたと言った名も知らない神官に、最後まで自分の事を助けてなどくれない神に、そして素知らぬ顔をして巡り続ける非情な運命に。
『奇跡の聖女』がいなくなれば、この戦いの意味は無くなるから。これが一番確実な方法だ。でもそうせずに最後に自分の持つかもしれない奇跡の力に縋ってみたのは、単純に自分の命が惜しくて、自分の中の思い出を喪うのが惜しくて、大切な人にもう会えなくなるのが……惜しかったから。
(こわい。やっぱり、こわい……っ)
最後に思い浮かぶのはやっぱりあの青年で、ふっと恥ずかしそうに綻ぶ優しいあの笑顔を思い出して、思わず唇を震わせる。自分のせいで彼の笑顔が損なわれてしまうのだろうと想像すると酷い後悔に苛まれた。
「ごめんね、思い出させちゃって。私はもう……いなくなるのに」
声に出すと、きりきりと胸が締め付けられて、呼吸が浅くなって、視界が霞んでどうしようもなかった。
ぱらっと足元の石が転がり落ちる。その拍子に知らず唇から零れたのは、押し殺していた本心。大きな瞳から零れたのは、ほんの一雫の涙。
「こんなこと、本当は言いたくなかった……っ!やだよ、レイ、忘れないで、私のこと……!」