騎士団長殿下の愛した花
いつだったら言えていたのだろう。
彼が怯える私を抱きしめてくれた時?
あの花火の夜想いが通じ合った時?
戦争に向かう前夜?
はたまたずっと幼い頃?
幾つも並べて、いや、と自分で否定する。
何度、何処へ時が戻っても、きっと言えないだろう。
ただ……夢の中で見る彼の姿は、いつも笑顔で。
フェリチタ、と優しく名前を呼ぶ声は、もうあれからずっと聞いていないのに、いつだって鮮明で。
「────」
毎朝、気がつけば……泣いている。
思い出の中はいつもあたたかくて、今もまだそれにずっと縋ってしまっているけれど。
もし、この残された温もりがいつか消えてしまう日が来るとしたら、私はどうなってしまうのだろう?
私の心はすっかりきみに絆されて、溶かされて、もう独りで生きていけやしないのに。
……本当に、卑怯なひと。
今はどこにいるかも何をしているのかもわからないけれど、好きで好きで、大好きだった人。
ねぇ、もしいつか、いつかきっと……出会えたら。
「……きみはまた、私を、愛してくれる……?」
出したくもないのに次々に涙が零れるのは、悲しみを塞ぐ蓋を彼が持って行ってしまったからか。
今なら、きっと言えるのに。
「なんて、ね。……もー、我ながら性懲りも無いなあ……」
苦笑いしながら頬を乱雑に拭う。と、そこでどんどんと強く扉が叩かれた。
「フェリチター?起きてるー?」
朝から張りのあるアンの声だ。すぐ行きまーす!と大きく返事をして、急いで準備をする。
ドレッサーにふと自分の姿を映してフェリチタは立ち止まった。髪は肩までの短い長さのまま、目立つ白銀から暗い茶に染めた。そして蒼い瞳を隠すための長い前髪。
「わざわざこんなことして、自意識過剰、かなぁ」
本当は鬱陶しい前髪をため息とともに指先で直すと、フェリチタは部屋を出た。