騎士団長殿下の愛した花
「おはようございます、アンさん」
「おはよう。今日の朝刊見るかい?どうも今日即位式があるみたいだよ。もう、あれから4年近く経つしねぇ、王城もそろそろ落ち着いてきたんだろうねえ」
「……いえ、大丈夫です。じゃあ先に開店準備しときますね!」
「まったく、アンタはほんとに興味が無いよねえ。アンタくらいの若い子たちって王様とか王子様とかにきゃあきゃあ言うもんじゃないのかい?」
呆れたように笑って肩を竦めるアンにフェリチタは僅かに苦笑だけして作業を始める。あの後、身寄りが無くなったフェリチタはアンのパイ屋に住み込みで働かせてもらえることになったのだ。
彼女の言った『あれから』とは、あの全面戦争の事だろう。クリンベリルの敗戦のようにあの戦争にも名前がついているのかすらもフェリチタは知らない。今日の朝刊もそうだが、王城絡みの情報は意識して耳に入れないようにしているからだ。
何故かってそんなの、怖いからに決まっている。彼が───レイオウルがもし命を落としていたら?でも真実を知らない間は、本当の事をわからないでいられるから。もう自分の事を覚えていなくたっていい。無事でいてくれさえすれば。
もう4年も経つのに、それでも想いは少しも褪せることがない。
アンがフェリチタの横に立って大きく伸びをした。
「さぁて、そろそろ開店しようか。今日は城下町も賑やかだろうし、忙しいよ!」
「はい!」
結局あの時の出来事は、神様が自分の声を聞き届けてくれたのか、はたまた本当に急な天候変化だったのか、それとも真の力とやらが目覚めたのかは、今となってはわからない。
あれから一度も、あんな奇跡なんて起こらなかったのだから。
ただ確実なのは、あの雨で戦争が終わったこと。それでいいと思う。フェリチタはただのフェリチタでしかなくて、今日もパイ屋の売り子として元気に声を張るのだ。