騎士団長殿下の愛した花
と、耳を澄ませてフェリチタは首を傾げる。
なんだか通りが騒がしい。一体何が、と思っていると店の前に馬車が止まった。見るからに豪華で、アンは隣でおやまあ、と目を丸くしている。
扉が開いてまず出てきたのは、眉根を吊り上げた青年だった。
「ちょっと殿下……じゃなかった陛下、まさか馬車まで出してパイ屋に来たんですか?嘘でしょう、即位式の後にする事ですか、それ?」
ぶーぶーと文句を言いつつも扉を押さえるその青年は、見覚えのあるくせっ毛の栗色頭。
「あれ、ごめん、言ってなかったっけ」
「言われてたら来てませんよ!もう!」
ひらりと身軽に飛び降りた、陛下と呼ばれたもう一人の青年は苦笑する。その笑みには気品に悪戯っぽさが見え隠れして、お伽噺の王子様よりもずっと魅力的だった。
「あらま……ビックリしましたよ。陛下、お久しぶりですねえ……なにもこんな日にいらっしゃらなくてもいいのに」
「こんな日だから来たんだよ」
アンに笑いかけ、青年はこちらを向く。
「焼き立てがあるかな?」
「はっ、はい」
ぱっと顔を伏せる。嬉しくて、恥ずかしくて、悲しくて、寂しくて、どんな顔をしているのか自分でもわからなかったから。
長く時が経っても変わらない、フェリチタを安心させる低くて優しい声。僅かも色褪せない金の髪は、太陽を透かして煌めく。大好きな朝焼け空の色そっくりの、彼だけの金。
(生きてたんだ、ああ、本当によかった───)
青年がこちらに手を伸ばしてくる。長い指が微かに額に触れて、フェリチタの前髪を持ち上げる。ばちりと宝石のような琥珀の瞳と目が合う。
「────」
身体が動かなくなって、呼吸の仕方もわからなくなる。その感覚は酷く懐かしくて。