騎士団長殿下の愛した花
「実は、彼女は行方不明になっていた公爵令嬢なんだ。彼女は僕の許嫁でね。幼い時に離れ離れになってからずっと探していたんだけど、やっと見つかって良かったよ。アン、ありがとう。フェリチタが世話になった」
「…………はぁ、あの子が公爵令嬢とはねぇ……確かに身のこなしも上品でどこか良いとこの子なんじゃないかとは思ってたけど、陛下の許嫁とは、ねえ……世の中お伽噺みたいな事もあるもんだねえ……」
アンは言葉にならない様子で口をパクパクとさせている。人付き合いの良い彼女のことだ、今日の事はすぐに噂になるだろう。
「……公爵令嬢?許嫁……?」
首を傾げるフェリチタにレイオウルが「合わせて!」と小声で必死に囁くので、疑問はひとまず仕舞っておくことにした。
「ありがとうございました、アンさん。長い間お世話になりました」
「寂しくなるね……たまには顔を出しておくれよ」
「はい!」
レイオウルにエスコートされて、恐る恐る馬車に乗り込み、ふわふわの座席に腰掛ける。その横にレイオウルが座り、向かいにあの栗毛の青年───ドルステが座った。
走り出した馬車の中、潜めた声でドルステが言う。
「あのですね陛下。私、陛下に許嫁が居たなんて初耳なんですけど」
「まあ、嘘だから」
「……はぁーっ!?」
ドルステが目を見開いて声をひっくり返した。
「アンタ、何やってるんですか!ええ言わせてもらいます馬鹿なんですか!一国の王ともあろうお人が!」
「お前は知らないだろうけど、僕たちは秘密の逢瀬を繰り返して愛を育んでいたんだよ。ね?」
フェリチタはさっと目を逸らした。凄く棒読みだし、それも嘘だし、同意を求められても困る。
「とにかく心配しなくても大丈夫だよ、全部準備ができたから迎えに来たんだ。……という訳でドルステ、お前は真実を胸に秘めて、ひとまずこの場はふたりきりにしてくれない?」
「…………あーっもう、まったく……!うちの陛下は~っ!」
あとで詳しく聞きますからね!とドルステは言い残して外に出て行った。
「さて、改めて。フェリチタ」
レイオウルの言葉をぱっと手で制する。
「ちょ、ちょっと待って!レイは本当に……私の事、覚えてる……の?」