騎士団長殿下の愛した花
レイオウルの首が確かに上下に一度動くのを、フェリチタは信じられない面持ちで見つめていた。
「うん。寧ろ僕は皆がフェリチタの事を忘れてしまったことに驚いたよ。おかげで状況をのみこめるまで暫く王子殿下は頭がおかしいって陰で色々言われたけど」
「たぶん、私の事覚えてるのはレイだけだから……しょうがないよ」
アンやドルステの反応を思い出しながらフェリチタは頷く。やはり本来なら皆忘れているはずなのだ。
「みたいだね。4年もあったから、何となくそれは察したよ」
肩を竦めるレイオウルの仕草は、随分大人びて見えた。流れた月日の長さを感じてフェリチタは視線を落とす。
「僕はずっと覚えてたよ。ずっと会いたかった」
「……そんなこと言って、1回は忘れたくせに」
ひねくれたことを言って小突いたフェリチタに、レイオウルはごめん、と眉を下げて笑いながら自分の首元をとんとんと指先で示した。
「僕が今度は忘れなかったのは、フェリチタが『私を忘れないで』って言ってくれたからかな、って思ってたんだ」
レイオウルの指の先にあったのは、綺麗な外套(マント)留めだった。彼の爪より少しだけ大きい程度の、あまり目立たないものだったけれど。透き通った硝子細工で、その中に花が閉じ込められている。
見覚えのある、なんてものじゃない───白い花。
「……これは」
「アエラスの首についてたから。ま、気がついたのは撤収中だったんだけどね。頼んで加工してもらったんだ。もしかしたら……」
フェリチタから貰った、最後のものになるかもしれないと思って。
そう呟いた声は、街道を走る車輪の音にも掻き消されそうなほど小さかった。