騎士団長殿下の愛した花
──しかし。その均衡は唐突に崩れた。
今からちょうど10年前。
過去最大最低の大戦、『クリンベリルの敗戦』が勃発。
この大戦は、王国、そして人間という種族の恥として、国名をつけられ語り継がれている。
10年前のあの日。突如として森から武装した森人たちが大勢市街地になだれ込んできたかと思うと、突然の出来事に呆気に取られる住民たちを、女も子どもも全て惨殺した。
一つ目の街が壊滅するまで、3時間とかからなかった。
警告を発しても応じる気配はまるで無く、そこでやっと人間たちは、森人の恐ろしさに気づいたのだ。
奴らは高い身体能力を持った血気盛んな恐ろしい“森人”だ。あんな奴らと話し合いで物事が解決できるはずがなかったのだ……と。
国は武力を以て徹底抗戦することに決めた。そうして両者が激突したのが、クリンベリルの敗戦であった。
「戦いは……何も生まないのに」
レイオウルのため息に、ドルステは「喪うことはあれど、ですね」と相槌を打った。
馬が力強く地を蹴る蹄の音。身体に響く振動が、頭を揺らす。
……思考を揺らす。
確かに容姿に少しばかり違いはあるかもしれない。しかし、森人とはそれほど自分たちと違うのだろうか?本当に話し合いで解決はできないのだろうか?
それに人間の方が正しいと思い込んでいるのは人間自身だけだ。あの戦いは元はと言えば、人間の傲慢な言い分が問題でもあったのだから……
木に付けられた刀傷を見て、レイオウルは馬を止める。追いついてきた団員を振り返り、じゃりん、と剣を抜いて掲げた。