騎士団長殿下の愛した花
「皆、遭遇ポイントはもうすぐだ。向こうはなぜか本気でこちらを殺しには来ないが……何があるかわからない。気を張ってくれ。
そして連日言っている事だが、向こうが攻撃してくるまでは、一切の武力行使を禁ずる。あくまで僕達の仕事は威嚇と牽制だ。やりにくいとは思うが、今日も頼む」
おう、と騎士団員たちの力強い声。毎日同じことの繰り返しで怠いだろうに、心強いことだ。
(10年前……あれから森人たちは割合静かにしているようだが、何か企んでいるには違いない。そうでなければ、毎日自分たちの居住地から出てくる必要も無い……)
何か大きな変化を起こそうとしている。そしてそれはきっと我々にとって良いことではないはずだ、とそう彼の直感が囁く。だがそれが何なのかわからない不気味さに、知らず身震いした。
(そして、『彼女』を連れ出す必要も)
レイが脳裏に蘇らせたのは、いつも敵の遥か後方に武装した獣たちに囲まれて佇む、森人にしてはやけに線の細い、明らかに戦闘要員ではない少女。
彼女は誰だ?何だ?何のためにそこにいる?
……どうしてこんなに気になるんだ?
───レイ。
レイオウルははっと顔を上げて周りを見回した。名前を呼ばれたような気がしたが……いや、王子である自分を『レイ』などと愛称で呼ぶ者などいるはずが無い。
「……?」
理由もわからず疼く心を、宥めるように胸に手をやる。しかし、がしゃりと頑丈な甲冑に妨げられ、彼の手が己に触れることは無かった。
(なんなんだ、これは)
首を振る。幻聴が聞こえるとは、存外疲れているのかもしれない。
「……急ごう」
「はーい。団長様ったらせっかちなんだから……」
いつもなら苛つくドルステも今は気にならない。もやもやとする気持ちを振り払うように、レイオウルは手綱を力強く引いた。