騎士団長殿下の愛した花
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ぴゅうと笛が聞こえた。どうやら先頭が人間たちを発見したらしい。
森の狭い道を進むゆえに縦に長く組まれた隊形の、しかも最後列に守られるように隠されたフェリチタには少ししか見えないけれど。
森人たちが毎日出撃しているのは、本気で人間を殺すのが目的ではない。それどころか傷付けすらしていない。お互いに一定時間睨み合って、それで終わり。
本当はただの時間稼ぎだ。
重要な計画の隠れ蓑。ある程度は動かなければ、何かを企んでいる時余りにも静かだと怪しまれるだろうというのは、誰にでも簡単に想像できる。
でも、それもあとほんの少し……そう、計画の要であるフェリチタが成人するまで。
だから──気が緩んでしまったのは仕方なかったのかもしれない。加えて、今日はヤーノの一件で気が立っていたから。
「煩わしい人間め!」
と、そんな声が前方から聞こえてきたかと思うと、馬が蹄を地に叩きつける振動が僅かに伝わってきて──ぱっと血飛沫が舞ったのが見えて。
その後すぐ向こうの軍から「総員突撃!」と良く通る声がしたかと思うと、あっという間に乱闘になった。
フェリチタのすぐ側に控えていた大男が拳を馬の胴に叩き付けて低く呻く。
「クソッ、何をやっている!?我らの今までの長きに渡る忍耐を無駄にするつもりか!もし計画がバレでもしたらどうしてくれる!」
「我々は血の気の多い種ですから、いずれこうなっていたでしょう。
それより父上、貴方が行かねば士気が下がると思いますが。皆頼りにしているのです。森人一強い戦士と名高いのは父上にとっても誇りでしょうに」