騎士団長殿下の愛した花
彼を父と呼んだのはヤーノだった。良く見ると歳を経たとは言え精悍な顔立ちが良く似ている。彼は数瞬眉間に皺を寄せると手綱を握り直した。
「くっ……ヤーノよ、聖女様を頼んだぞ。先の失態を命を以て償うのだ!」
「ええ、元よりそのつもりです」
ひねくれたヤーノの返答に更に皺を深く刻みながらも、彼はヤッ!と声を上げて先頭の方へ猛スピードで駆けていった。
彼だけではない、気づけば周りを固く守っていた森人たちは随分とばらけてしまっている。
すぐそばに居るのはもうヤーノだけ。彼はフェリチタの蒼い瞳を見つめると、口を開いた。
「フェリ、多分……人間はここまで来る。俺達はあまり連携が取れていないし、気が立っている。それに対して人間達は至って冷静だ」
フェリチタはうん、と頷いた。
「大丈夫、自分の力で最後まで抗う」
佩いたサーベルの柄に触れると無駄に華美な装飾が煩わしい。護身のためと身につけた剣術。多少腕に覚えがあると言っても、きっと幾多の戦場を越えてきた、自分よりずっと剣術に長けた人間の騎士たちには到底叶わないだろうけれど。
(それでも、気持ちだけは)
ぎゅっと手を握りこんでいたフェリチタは急激に迫ってくる蹄の音に顔を上げた。
乱闘の隙間をくぐり抜けて走り来る2頭の馬。
うち1頭はなかなか見かけない美しい黄金色の毛並みをしていて──その手綱を引く青年を見て、思わずはっと息を飲んだ。