騎士団長殿下の愛した花
その時唐突に、ぱしゃっ、という軽い音がフェリチタにぶつかった。左の視界がどろりとした液体に防がれて、反射的に手で拭う。
(これは…………卵?)
困惑に視線を落とすとドレスに白い殻が引っ掛かっていた。
「これでも駄目ですの?面白くありませんわ……全く、噂というのは信用なりませんわねぇ」
顔を上げると姉の方が飼育棟の横に置いてあった籠からもう一つ卵を拾い上げているところだった。ただこちらを観察対象として見つめるだけのその表情は、純粋に妹のそれよりずっと怖いと思った。
それを再び投擲しようとした彼女に、フェリチタは腰に手をやりながら口を開く。息を吸う喉が震えた。
「……貴女方は、」
姉妹が怪訝そうな顔でこちらを見やる。フェリチタはその視線を意に介さず続けた。
「貴女方は、人間の中でも身分の高い方々とお見受けする。
貴女が私に投げたその卵は、貴女にとってはそれほど価値の無いものなのだろう。私が今までこの目で見た限りでも、人間が我々より豊かな暮らしをしているのは理解出来た。
しかし我々森人にとっては、一つの卵でも大切な食料だ。皆有難がって頂く。私のような下賎なものに投げつけて無駄にするほどの余裕が人間にあるのなら、どうかその豊かな領土(とち)を我々に分けて頂けないだろうか。
全く、これほどに富に余裕がありながら、我々を徴兵し徴税しようとするなど……貴女方のような考え方をする上流階級の人間が森人と人間の争いの原因だと、貴女方が争いを長引かせているのだと解らないのか!」
思っていたより声がはっきりと出た。『聖女』として話していた経験が活かされる事があるとは思ってもみなかったが、フェリチタはこの際いっそ思うことを言ってしまおうと訥々と語る。