騎士団長殿下の愛した花
「私の知ってる限りでは聖女とか神官とかって役割は無かったよ。聖女って呼ばれてたのは私だけだった」
「他の質問に答えてないけど?」
軽い調子で投げられた問いだったが、すらすらと話していたフェリチタが初めて口をつぐんだ。
ばつの悪そうな顔をして視線をさまよわせる。
「……私、9歳か10歳か、それくらいから前の記憶が無いの。だから生まれながらに奇跡を起こす力を持っているのか……お母様はできるって言うけど、そもそも本当に私がそんなことができるのか……全部、実際の所は、私は知らない」
「……記憶喪失?」
「土砂崩れに巻き込まれて、頭を打ったんだろうってお母様は言ってた。私の1番古い確実な記憶は、ベッドに横たわる私を覗き込むお母様の顔と、酷い頭痛。頭がガンガンして、落ちてきた岩にぶつけたんだろうって言われて納得したぐらい痛かった」
「それより前の事は全く覚えてないのか」
頷いたフェリチタが、少し考えてから眉を潜めた。
「全く覚えてないわけじゃないんだけど……昔の事を思い出そうとすると、凄く全体的に靄がかかってるみたいな感じがするの。確かに道を歩いてきたことはわかるのに、そこに何があったのかは思いだせない、みたいな感じ」
我ながらなかなか的を射ている例えだと思った。そう、記憶の欠落が不自然な気がするのだ。記憶の表面をごっそり削り取られたような、そんな感覚。だってフェリチタは目が覚めてからここはどこ?状態になりはしたが、言葉も忘れていなかったし知識もあったし、剣の扱いも覚えていた。