騎士団長殿下の愛した花
「具体的に言うと、例えば……私がずっと小さい時、誰かと一緒にいて……その人は私にとってとても大切な人のはずなのに……どれだけ考えても、顔も思い出せない…………みたいな」
相変わらず一定のペースで剣を振るい続けていたレイオウルが剣を大きく横に払った。ぶわっと砂を巻き上げる風圧がフェリチタの前髪まで揺らす。フェリチタは顔を顰めながら彼を非難がましく見つめた。
「じゃあもしかしたら、土砂崩れ以前のお前の記憶は全部そのお母様とやらの捏造の可能性もあるって訳、か」
(風を巻き上げたのは、自分に目を向けさせるため?)
フェリチタはこちらを見透かすような瞳に反射的にぱっと顔を背ける。
勢いよく口を開いて、閉じた。困惑を見抜かれないようにすぐにまた口を開く。
「そんな訳ない!捏造なんかしたって何の良い事が……」
「もしあったら?
例えば、だけど。母親は娘の存在を象徴化して、人心掌握のための道具にしていた、とか。そういうことは考えないのか」
「……それは」
そう言われるとすぐに反論することができなかった。全く心当たりが無いとは言い切れなかったから。本当に力なんてありはしないのに、神様の加護があるなんて嘘をついて、そんなことする必要が本当にあるのかと。疑問に思っていたのは事実だから。
そうなの?お母様は、私の事を──?
フェリチタは瞬きもできなくなって固まった。考えたくないのに、嫌な想像はどんどん広がっていく。
彼女を静かに見つめていたレイオウルが、はあ、と態とらしく肩を上下させてため息をついた。