騎士団長殿下の愛した花
「お前、僕がお前の敵だってこと忘れてない?もしかしたらお前に仲間達への不信感を植え付けようとしてるのかもしれないよ」
そう言われてフェリチタは目をみはった。そうだ、自分と彼は敵同士。捕虜と敵国の王子。立場を忘れていたのは自分の方。
それでも、と。
ほんの少し心が通ったような気がした、あの時から。繋いだ手から伝わった熱を思い出してしまうと、フェリチタはただの敵だという目では見られないのに。それはきっと彼も同じだと思ったのに。
向こうから近づいてきたかと思えば、今度は距離を取ろうとする。一体彼は何を考えているんだろう。
(きみはどうなのか知らないけど、私の心はそんなに早く動かない。私の事を……抱きしめたくせに)
フェリチタは感情を持て余していた。胸に燻っているのは……多分、悔しさに近い何か。
剣を鞘に戻したレイオウルが近づいてきて、傍らに立て掛けてあった刃の潰された剣を代わりに構えて剣先をフェリチタに向けた。
「模擬戦をしよう」
「はあ、急に……?いや、今、そんな気分じゃ……」
剣を向けられているのに腰のサーベルに手をやる様子もなく首を振るフェリチタを挑発するように、レイオウルは鼻で微かに笑った。初めて見るその仕草に、腹が立つ前に胸が疼くのは自分でも意味がわからない。
「僕は誰かと剣を交えたい気分なんだ。気が乗らない?あの時の雪辱を果たせるかもしれないのに」
あの時、とは、おそらく自分が連れ去られた『あの時』のことだろう。そこまで言われては乗らないわけにはいかなかった。
自分も模擬戦用の剣を取ろうとすると、レイオウルは首を振った。
「それでいいよ。ハンデは必要だろう」
それ、と指さされたのはいつも腰に提げているサーベルだ。
(……相変わらず舐められてるなぁ)
ハンデをわざわざ付ける時点で模擬戦もへったくれも無いと思ったが、一矢報いてもやもやとする気持ちを晴らす機会だと気持ちを切り替えた。