騎士団長殿下の愛した花
フェリチタは空を見つめたまま、お小言を言う母親に背を向けて動こうとしない。
そんな少女に彼女が母と呼んだ女性──アルルは歩み寄ると彼女と同じように窓の近くに立って、外界を見下ろした。
しかし、その黄色く光る瞳に浮かぶ色はフェリチタと同じものではない。
「このような街並みを取り戻すのにも、時間がかかったのですよ……」
アルルは髪の合間から覗く狼を思わせる耳を1度だけぴくっと動かし、唇の端から鋭い犬歯をはみ出させながら、呪詛でも吐きそうに口を歪めて、憎々しげに街並みの、そして森のずっと向こう──『人間』の国のある方向を、睨みつけた。
そんなアルルの歪んだ横顔を見つめて、フェリチタはゆっくりと呟いた。
「でも、私、人間がそんなに悪いものだとは思えないの。だって……」
そんなフェリチタの言葉を、振り返ったアルルは強い口調で遮る。
「フェリチタ!あなたが今無事なのは、運が良かっただけなのですよ」
「……そうなのかな……」
到底納得した様子ではなくまた窓の外を眺め始めたフェリチタをちらと見やって、アルルは微かに舌打ちをした。少女はそれが聞こえていたが、いつものことだと、身動ぎもしない。
アルルは未だ寝衣のままのフェリチタの肩を抱くようにして、ドレッサーの前に座らせ、少女の髪をブラシで梳き始めた。
(……痛い)
フェリチタは母親の視線が逸れた隙に、自分の肩をそっと撫でた。
「フェリチタ。今日も森に行ってもらわなければなりません」
自分の腿まで届きそうなほど長い白の髪がほどけて艶を帯びていく。窓から差し込む陽の光を照り返して、仄かに銀に輝いているようにさえ見える。それをぼんやりと眺めていたフェリチタは、はっとしてアルルを振り返った。