騎士団長殿下の愛した花
「殿下」
琥珀色の瞳が不機嫌そうに細まる。
「レイ、って呼ばないの」
「…………レイ」
「うん。何?」
名前を呼んだだけで、酷く嬉しそうに微笑むのはやめて欲しい。そんな顔するなんて知らなかった。
(きみと出会ってからずっとそう。私は毎日毎時間、どんな時にだって新しいきみを見つけるの)
でも、だからこそ。早く覚悟を決めて、自分は言わなければならないとずっと思っていた。今がその絶好の機会だった。
「たぶん私は近いうちに、森に帰ることになる」
「え?いや、僕はお前を帰すつもりは、まだ──」
「ううん。そろそろ……向こうが、『返せ』って言ってくるはずなの」
きょとんとした顔から一転眉を潜めたレイオウルに、フェリチタは『礼拝』の話、自分が、『聖女』が森人たちの間でどのように扱われていたのかを語った。自分が何をしていたか──自分のトラウマのせいで生き物を傷つけられないこと。
そして一番大切な事。森人最大の機密情報と言っても過言では無いかもしれない。これを彼に告げるということは、フェリチタが森人を、仲間達を、そして母親を裏切るということを意味している。彼女はそれを理解していて、それでも口を開いた。
「森人は、私が成人する日……18歳の誕生日、人間の居住地に侵攻する。
目的は人間を滅ぼして2種族間の争いを終えること。ひとり残らず、例外無く、ね」
「…………なんだって?」
「変だと思わなかった?長い間ずっと睨み合ってきて攻撃し合ってきた種族同士だよ。戦争だったからお互い様とはいえ森人は人間を恨んでいるはずなのに、しかも考えるより先に手が出ちゃうような奴らなのに、ここ最近大人しいな、いや大人しすぎるな、って思わなかった?」
「……」
レイオウルの心当たりのある顔を見て、フェリチタは1度だけきつく瞑目した。言いたくなかった。だって、また自分のせいだから。