騎士団長殿下の愛した花
「お母様が口癖みたいに言ってた事がある。『フェリチタ、あなたが成人した時、真の力が目覚めるの。だから今は上手くいかなくても気に病む必要はありません』……って。何を根拠にそんな事を言っているのか私にはわからなかったけど……お母様は何か確信を持っているみたいだった。そして、その力があれば人間たちを根絶やしにできるって本当に信じてるみたいだった。
お母様は人間を凄く怨んでたの。ちょっとずつ殺すんじゃ腹の虫が収まらない、そんな事をするぐらいなら確実に人間の息の根を止められる機会まで待つ、って……」
私は奇跡の聖女なんかじゃない。
これから怒る戦乱の元凶になった私は、きっと災厄の魔女と揶揄(やゆ)されて歴史に名を残すんだろう。
本当の力もないのに。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」
レイオウルに強く抱きすくめられたことにも気づかずに狂ったように呟き続けて、気づいたら夜が明けていた。
仲間を裏切ってしまった事に対する謝罪か、今まで黙っていた事に対する謝罪か、もっと違う事に対する謝罪か、あるいは全てに対する謝罪か。それもわからないまま、身を縮めていた。
鳥の鳴き声が賑やかになり始めた6時頃。
「失礼致します!」
ノックも無く飛び込んできたのはドルステ。いつもはどこか飄々とした振舞いの彼だが、いつになく動揺を顕にしている。
「どうした」
只事ではない様子にフェリチタの肩を抱いたままレイオウルが目尻を上げて尋ねた。
ドルステは彼の目を真正面から見つめ、鋭く息を吸い込み、一気に吐き出すように──一言。
「森より急使が参りました!」
急激に冷えていく空気の中、時間をまた一つ刻んだことを報せる柱時計の鈍い音だけが、忠実に激動の始まりを告げていた。