騎士団長殿下の愛した花
アルルの鋭い視線に声を暗くする。
「……また、行かなければいけないの?」
「もちろん。あなたが行かなくて、何になりましょう」
「だって、あそこに行ったら絶対に人間に会うから……嫌なの」
それだけ言ってふっと視線を髪に戻したフェリチタの頭を母親が数度撫でた。
「そうですね……私も、あなたをあんな野蛮な生き物と毎度出会わせるのは心苦しいのですが、仕方が無いのです」
なだめるようなその仕草に、フェリチタはしかしこっそりため息をつく。
(そうじゃない……お母様は、何もわかってない)
人間と会う度あなたの言うことが信じられなくなってきてしまうのだとは、口が裂けても言えなかった。彼らは向こうからは絶対に森人に攻撃しようとしない。それどころか、森人は人間に敵意を剥き出しにしているが、人間からそういった気配はあまり感じない。
自分たちの方が野蛮なのでは?そう思ったことは一度や二度ではなかった。
それきり窓の外を眺めたまま口を閉ざしたフェリチタの身支度をアルルは手際良く済ませる。
そして最後にカチューシャのようなものを彼女の頭にはめた。それにはアルルのものとそっくりの“獣の耳がつけられている”。
これが、彼女が母親に強く出られない原因でもあった。
フェリチタは、生まれつき獣耳がなかった。そればかりか、敵を傷つける犬歯は短く、闇夜を見通す黄色の瞳でも無く、森人特有の強靭な肉体も備わっていなかった。他にも多くの高い身体能力を持つ森人の、おおよそ全ての特徴が無かった。
かわりにあるのは、人間のような小ぶりな耳と、蒼穹に煌めく深青の瞳、すらりとしたひ弱な肢体。……そして、争いを忌む軟弱な心。
森人たちは人間に酷く反感を抱いている。母親が上手く隠してくれていなければ、人間に近い容姿や考え方のフェリチタはきっとすぐに殺されていただろう。