騎士団長殿下の愛した花
少女は歳の割に聡明だった。もはや抗ってもどうする事も出来ないのだと、自分の置かれた立場を理解し、親元を離れ王城で暮らすことを受け入れた。そして熱心に勉学に励み、少年と同じように学を身につけ始めた。
ある日、少年は少女が書いた曲がった文字の並んだノートを見て侍女にたずねた。
「あの子が書いた文字はどうしてこんなに汚いんだ?」
「あの方は今まで文字を書いたことが無かったのです。花屋の娘には、必要の無いことでしたから。それなのに、ほんの数日でこんなに……聖女様はとても賢くていらっしゃる」
「ふうん……」
視線を落として瞬きをする侍女に少年は頬を膨らませた。あの少女が来てから、皆、この自分のお世話係の侍女だって彼女ばかり気にかけるのだ。王子である自分よりも。見目麗しいことも幼いことも相まってずっとちやほやされていた少年には面白くなかった。
彼は少女の姿を思い起こしてより一層唇をひん曲げた。彼女を初めて見た時、頭から足の先まで素晴らしく均整のとれた美しさに少年は見蕩れたのだが、歳に似合わない冷たい面差しは彼女に声を掛けることを許してくれなかった。
自分と同じ歳だとは思えなかった。美しい蒼の瞳が温度無くこちらを見つめる度、どうしていいか分からなくなった。
(ちぇっ、そりゃあこれだけ持て囃されれば、家に帰りたいとかも思わないか)
王子としてそれなりに行動が制限されていた少年は同い年の子どもが近くにいるのは初めてのことで、友達になれるかもしれないと心を踊らせていたのだ。だから落胆も大きかった。
5歳の子どもが突然知らない所に連れてこられて、戸惑わないはずはないのに。大人達はよくわかっていないようだけど。
だから……慰めてあげようと思っていたのに、あんな大人びた顔をして。
少年は寂しそうな顔をして、「ちぇっ」と小さく零した。