騎士団長殿下の愛した花
少年は1日の予定を全て済ませ、庭園へ足を運んだ。彼は物言わぬ植物が好きだった。自分の不満をただ頷いて聞いてくれるような気がするからだ。
いつものように周りの目を盗んでそっと立ち入ったところで──彼はびくりと動きを止めた。
……女の子の泣き声がする。
周りをぐるりと見回すが誰もいない。数度耳を塞いだり開けたりしてその声が消えないことに気づいた少年は、勇気を奮い立たせて奥へと進んでいく。
(幽霊じゃない。なら、僕が「ここがどこかわかっているのか?此度は許してやるが、不法侵入は次から許さないからな」ってビシッと言ってやらないと。僕は王子だからな!)
啜り泣く声が近づいてくる。たぶん、その角を曲がったところ──
少年は勇気を出して飛び出した。
「こら!お前、出ていけ!」
喚いた言葉は準備していた言葉には程遠かったけれど、意思は伝わったはずだ。
と、少年は琥珀色のぱっちりとした瞳を瞬かせた。
庭園の奥の煉瓦の花壇に蹲っていたのは見覚えのある白銀の長い髪を背に垂らした少女だったから。
翠に沈む庭園の中、ひとりぽつんと佇む少女は色の抜けた頭髪と細い肢体のせいで、まるで妖精のように酷く浮世離れして見えた。
こちらを緩慢な仕草で振り返った少女の大きな青い瞳は涙に滲んでいた。長い睫毛に引っ掛かり目の端に留まっていた1粒が、瞬きをした拍子にぽろっと滑らかな頬を滑る。