騎士団長殿下の愛した花
激昂していた国王だが、身動きしないヤーノを睨みつけてもどうにもならないと悟ったのだろう、何度か大きく呼吸をした後、幾分か冷静さを取り戻した様子で鼻を鳴らした。
「──すぐ結論を出すわけにはゆかぬ。森人の使者よ、差し当たっては客間でごゆるりと寛がれよ」
この敵ばかりの場でそんな事ができるのならな、と。声ならぬ嘲りがフェリチタには聞こえてきた。
使者なんて名ばかり、この書簡で人間が怒ることなど分かっているはずで、彼はどう考えても捨て駒だ。それに人間の城に滞在しろなどと、生きて返す気は元より無いのかもしれない。
(ヤーノ……)
声を出すわけにはいかなかった。しかし心の中で呟いた声が聞こえたように顔を上げたヤーノの黄色い目とフェリチタの蒼い目がばちりと合う。彼の瞳はあの時のように昏く照らついていた。
名前を呼ばれでもしたらどうしようかと内心冷や汗をかいたが、ヤーノは何を伝えようとするわけでもなく視線を逸らすと侍女に連れられて玉座の間を出ていった。
「……さて、どう思う、我が息子らよ」
疲れた様子で頬杖をつく王にひとりがすっと歩み出た。レイオウルよりくすんだ、というよりは落ち着いた色の長い金髪を後ろで革紐で結わえている。
「面倒臭いので、その捕虜をさっさと返してしまっては?そもそも捕虜としての価値も大してないと思うのですがね。捕虜を管理している愚弟は情報を引き出そうとしませんし」
「捕虜は丁重に扱うべきだと思いますが、メリキス兄上」
「……はいはい、お前って意外と“お優しい”よな」
フェリチタに名前を教える為かレイオウルが態とらしく名前を呼んだ。兄ということは彼が第一王子なのだろう。メリキスはフェリチタに視線をやった後、やれやれと言わんばかりに皮肉っぽく肩を竦めた。
「でもこんな大胆なことしてくるくらいですからー、恐らく『奇跡の聖女』とやらは彼らにとっては高い価値があるということなのだと思いますけどねー」
柔らかい物腰で笑うのは巻き髪の少年。16か17か、レイオウルより幾らか幼く見える。第三王子か。雰囲気で誤魔化しているようだが、こちらを見る視線はメリキスよりも鋭い。フェリチタは気づかない振りをして目を逸らした。