騎士団長殿下の愛した花
国王は物思いに耽るように豊かな髭を撫で付けながらフェリチタを暫くじろじろと眺めた後、レイオウルに顔を向ける。
「ふむ、レイオウルよ、その点についてはお前から聞こう。どう思う?」
レイオウルがそっとこちらに目をやって、僅かにフェリチタが顎を引いたのを確認すると国王を見据えて口を開いた。
「ええ、ユーレンの言う通りです。彼女、『奇跡の聖女』は森人にとって非常に大きな存在です。なぜなら──」
彼が語った内容に、皆が目を見開く。そしてある者は唇を震わせ、ある者は口を閉じられず、ある者は口の端を吊り上げる。
「聖女を返そうが返すまいが森人は攻め入ってくるつもりという事か!本当に交渉なんて良く言えたものだな……」
「まあでもー、単純にどっちでも同じなら返さない方が良いですよねー?……ふうん、聖女の力かー……そんな物があるとは到底信じられませんけどー、本当にあるならこちらのものにした方が良いに決まってますよね?」
怒り心頭と言った様子で憤るメリキスと、視線を床に向けて顎に手をやるユーレン。
(一番頭が切れるのはこの第三王子かもしれないな)
抑えきれず歪んだ口元を隠しているのがフェリチタにはわかった。
各々思う所があるのだろう。しんと静まりかえった部屋の中、国王がこつと爪で肘掛を叩いた。
「猶予は2週間ある。今すぐ結論を出す必要もあるまいて」
そう言ったが、王の目が昏く光ったのを誰もが見逃さなかった。彼はとうに『交渉』に乗る気などない。頭の中でこれから始まる『戦争』についての算段を立てているのだろう。
不穏な足音が着実に忍び寄ってきていた。