騎士団長殿下の愛した花
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不意に背中を襲った衝撃に、眠りこけていたフェリチタは受け身を取れずに前に倒れこんだ。頭を振って意識を覚醒させ、目を瞬かせながら振り返ると、レイオウルが驚いた顔をしてドアノブを掴んだまま固まっている。
「うわ、フェリチタ……?こんな所でどうしたの」
「ね、寝てた……」
考え込んで居眠りなんて、うっかりにもほどがある。臀部がじんじんと痛むのも情けない。
「顔色が良くないけど、もしかして体調悪い?」
「うう……ん……!?」
こつり、と。
腰を屈めたレイオウルがフェリチタの額に自分の額を合わせたので息を呑んだ。
顔が近い。伏せられた目を囲む長い睫毛の1本1本が鮮明に見える。鼻と鼻が触れそうな距離。白磁のような毛穴すら見えないほど滑らかな肌。僅かに開いた、少し厚めの、柔らかそうな唇──
「フェリチタ?」
熱い吐息が微かに自分の唇に当たった気がした直後、フェリチタはろくに頭も回らないままレイオウルの胸板を全力で押し返した。
「ほ、本当に大丈夫だから……!」
ばくばくと暴れる心臓を宥めつつ呻く。そこでやっとレイオウルが身体を離した。その平然とした顔を見てフェリチタは更に顔が熱くなる。
(これは平気なんだね……レイの恥ずかしいの基準がわかんないや……)
「フェリチタ、元気なら提案があるんだけど」
「うん?」
首を傾げたフェリチタに手を差し伸べながら、王子は悪戯好きの少年のように屈託無く笑った。
「ちょっと、抜け出さない?」