騎士団長殿下の愛した花

「不安な時に佩いた剣を確かめる癖。剣を震える小さな手で握って、そのくせ他人を傷つけることはできなくて。本当は弱いくせに後先考えずに人を助けようとする無鉄砲だから、お前を見てると危なっかしくて僕は心臓がどうにかなりそうだった。
僕の事を頑なに敵視してたけど、その不機嫌そうな顔さえ僕には愛しかった。気が強いくせにすぐ泣くし。気を許してからは僕を見てすぐ嬉しそうな顔をするし。そんなころころ変わる表情が全部好きだ。
今まで恋愛なんてどうでもいいと思ってた。ただ煩わしいだけだって。……いや、僕にはきっと一生できないものなんだって思ってた。
知ってる?僕の事、王族のくせに鍛錬狂いだって揶揄して『騎士団長殿下』って裏で皆呼んでる」

琥珀の瞳が光を照り返してきらりと光る。その奥にあるのは、きっと彼が押し殺してきた熱情で。

「でも、どうしようもない感情が自分にもあるんだって、フェリチタに出会って知ったんだ。
フェリチタの事を考える度、息が苦しくなる。胸を掻きむしりたくなる。叶わない想いなら、いっそ呼吸を止めてしまいたいとさえ。
本当は全部虚勢で、泣き虫で、頑固で、照れ屋で、よく笑う。聖女とか呼ばれていたって、ただの女の子で。
そんなフェリチタが、お前が思ってるよりずっとずっと前から好きだよ。
できることなら……一番近くで、お前のことだけを守っていたい」

「……」

叶わない願いだと、ふたりともわかっている。

想いを伝えてしまえば、もっと辛くなる。

それでも、一度生まれ落ちてしまった望みは、もう消えてなくならない。

「笑われるかもしれないけど、自分にこんなにたくさんの感情があることさえ知らなかったんだ。お前といると勝手に顔が綻ぶし、勝手に声が出るし、勝手に抱き締めたくなるし、勝手に……もっと、お前の事を深くまで知りたくなる」

……一度溢れ滴ってしまった気持ちを、もう消すことはできない。

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