騎士団長殿下の愛した花
高い塔の螺旋階段をぐるりぐるりと降りていく。アルルの背中を追ってひたすらに歩を進めるフェリチタには、今が地上からどのあたりなのか、あとどれほど下れば地に足をつくことができるのか……わからない。
最後に思うままに野を駆け回ったのは、川を流れる冷たい水に足を浸したのは、いつだったか。
アルルは、フェリチタは『聖女』だから、気軽に外に出ては行けない、人目に触れてはいけないのだとそう言う。あなたの力を、『奇跡』を独占したい者に攫われたりでもしたらどうするの、と。
薄暗い階段で時折見える燭台に照らされた母の顔は、いつだって無表情だ。
(お母様は、いつも私のことを大切にしてくれて、)
……いるはずなのに。
ずっとずっと、窮屈で仕方ないのは何故?
暫くして、アルルが扉の前で足を止めた。フェリチタもほぼ同時に。毎朝同じ所まで降りるものだから、ここまでどのくらい時間がかかるのかなんて、もう身体に染み付いた。
アルルが取っ手を掴んで体重をかけた。ガコン、と音がして立て付けの悪い石の扉が重そうに動く。
途端に目を灼いた光にフェリチタは目を細めた。
扉を抜けると、少し開けた場所がある。そしてそこに面して大きなバルコニーが。
佇む人影にアルルが声をかけた。
「ヤーノ、支度は終わっていますね?」
ヤーノと呼ばれたその青年はこちらを向くと、胸に手を当て軽く膝を折った。
「ええ、いつも通りに」
彼はフェリチタの幼なじみ。歳は彼女より一つ上。精悍な顔つきに森人らしくがっしりとした肢体。日に焼けた肌は浅黒く、如何にも戦士といった風情だ。