騎士団長殿下の愛した花
「わからないだろう。誰にだってわかってたまるか。今、僕がどれだけ不安なのか。お前が居なくなったら、僕はどうすればいい?お前を喪った僕は、きっと抜け殻になってしまう……」
きっとお祭りの熱に浮かされて、正気じゃない。酒よりも強い酔いが回っている。そうでもないと言うならば、これは夢だ。
夜が終われば、森人の聖女と人間の騎士、相容れぬ関係に逆戻り。
「立場は弁えてる。ずっと弁えてきた。だから、今だけ」
「今だけ、だから……いい、よね?」
「今夜はこれだけ賑やかなんだ。僕達のことを、星だって見てない」
顔が近づく。
吐息が混ざる。
その瞬間全てがどうでもよくなった。
咲き乱れる光の華を背に、ふたりは何度も何度も唇を重ねる。呼吸さえもどかしく、絶え間無く触れ続ける唇の感覚が蕩けて無くなる。触れられた頬の、額の、首の感覚は反対に鋭くなって身体が疼く。呼吸が浅くなって頭がくらくらする。
今夜だけの夢でもいい。いや、きっと夢でなければ有り得ない。
幸せだと思えばそれだけ、喪った時の事を考えてしまう。フェリチタは涙に滲む瞳を閉じて、力の抜けた身体をレイオウルに預けた。
火薬の匂いが漂う中、ふたりは見つめ合う。
レイオウルが躊躇うようにフェリチタの瞳を覗き込んで、ゆっくりと言葉を区切りながらたずねた。
「フェリチタ、僕たち、出会ったこと……ない?」
「……!」
なぜだか、たわいも無いはずのその問がまるで踏み込んではいけない1歩のような気がして。
青年も同じように感じているようで顔が酷く困惑したように歪んでいる。フェリチタは胸元を握り締めて、“それ”を問うことを自分が無意識に避けていたことに気がついた。
(どうして、わからない、わからない……)
度々訪れる既視感をぼんやりと思い出しながら、しかし少女はただ、わからない、と囁いた。
肯定でも否定でもなく、不明だと。
それだけが確かな事実だったから。
フェリチタは誤魔化すようにレイオウルの唇に己の唇を重ねた。