騎士団長殿下の愛した花
「またそこにいるの?」
ひょいと覗き込む琥珀色の瞳に、飼育棟の壁に張りついていた少女は顔を上げた。
夕焼けを背にして汗ばんだ前髪を払う少年は、このところぐっと背が伸びて体付きもがっしりとしてきている。
「レイ……は、剣の訓練?」
「ああ、うん。最近増やしてもらってる。■■■■■は?今までずっと勉強?」
「そうだよ。今日はもう終わったから夕食までちょっとだけ自由時間」
「うえ、第二だけど一応王子の僕より勉強の量が多いなんて、本当大変だなあ」
「……しょうがないもん。トクベツだから。きみだってわかってるでしょ?」
『トクベツ』と言った彼女の口振りには、そろそろ齢10を数えるにしては上手に皮肉が込められていた。
「……どうしたの」
いつもに増して顔色の悪い少女に少年が眉尻を下げる。
「……また神託が降りたんだって。『聖女が成人せし時、真の力が目覚めるだろう。さすれば聖女は真に聖女たりうる』」
「真の力ぁ……?」
また胡散臭い神託だな……と眉を顰める少年に、少女はあっけらかんとした様子で肩を竦めた。
「神官様のお話では、おそらく私が自分の思い通りに『奇跡』を起こせるようになるんだろうって事みたい。まあ勝手な推測なんだけどね。お陰様で、最近割とそっとされてたのにまた色々言われ始めちゃった。
上手い具合に行かないからって私のこと持て余してたくせに、ほんと手のひら返しが上手だよね。いい加減私が『奇跡』なんか使えないって、『聖女』なんかじゃないってみーんなわかってるのに……」