10年愛してくれた君へ
「…ミナミさん」


「…え?」


「あ、あの私…今朝見ちゃって。春兄と女の人が揉めてるの」


遠慮がちにそう言うと、春兄の顔から明らかにパッと笑みが消えた。


ずっと私の方に顔を向けてくれていたけれど、深く息を吐きながらゆっくりと前に向き直した。


「それで…その後ショッピングモールでご飯食べてたら、たまたま私たちの隣にその人と、男の人が座ってて。なんか、別れ話?みたいなことしてて」


「…」


春兄は黙って何も言わないから、私はそのまま続けた。


「男の方が、『別れたいならお前の好きになった別の男連れて来い』って言ってて。そしたら、ミナミさん…あ、男がその人をそう呼んでたんだけど、ミナミさんがハルトがどうのこうのって言ってたの聞いたんだ。ハルトって、春兄のことだよね?」


「…」


「今朝春兄が揉めていたのと、何か関係あるの?」


「…帰ろうか」



春兄はそれだけ言って車のエンジンをかけ私の問いには何も答えてくれない。春兄とこんな空気になるの、初めてだ。



無言で車を走らせる春兄。


これ以上何も聞いてはいけない気がして、私は黙って外の景色に目をやった。




それからしばらくした時だった。



「元カノなんだ」


「…え?」


目線を外からゆっくりと春兄に向ける。


「今朝藍が見たのは、俺がその元カノに、『今の彼氏と別れたいから一緒に来て』って話をされた時かな」


「元カノ…」


「うん。色々あって別れた子だったから、久々に連絡来て、何だろうって思って行ったら、『彼氏の振りをして欲しい』って言われて。それで」


「…」


「あんなに怒ることじゃなかったんだけどな。情けないけど…」




"色々あって別れた"




その"色々"にはどんな意味が含まれているのだろう。私には到底考えられない。

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