苦手なあの人
右耳にかかる吐息。
甘く酔わせるような、香水の匂い。

「もう半年の付き合いなのに、俺の前では笑ってくれないし」

やっと手が離れた、そう思ったのも束の間、するりと下に回された手が、指を絡めて私の手を握る。

「もしかして俺のこと、嫌い?」

持ち上がった右手に、やわらかくて湿った感触。
さらに上がっていく熱に、私はなにも云うことができない。

「どうして黙ってんの?」

いきなり目の前に現れた寺崎さんの顔に、思いっきり椅子を後ろに引いた……はずだった。
なのに椅子は、始めの場所から一ミリも動いてない。
だって、寺崎さんの左手が、椅子を押さえていたから。

「逃がすわけないだろ」

レンズの奥の瞳が緩やかなカーブを描く。
こんな状況で笑っていられるなんて、どういう神経なんだかわからない。

「に、逃げるとか、そんな」

「そう?ならいいけど」
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