エリート外科医の一途な求愛
「……各務先生」


彼は、医学書の書架とはだいぶ離れた薬理学の本が並ぶ書架にいた。
午前中と同じように白衣を羽織ったままの姿。
小脇に比較的薄い本を二冊抱え、左手の上で英語の文献を開いている。


私の呼び掛けに、彼は静かに本から目を上げた。
そして、私の背後の窓から挿す逆光が眩しいのか、わずかに眉を寄せた。


「仁科さん? なんだ。戻ってきたの?」


特に興味なさそうにそう言っただけで、彼は再び本に目を落としてしまう。
私は一度小さく息を吐いてから、軽く書棚に凭れ掛かる各務先生のそばに歩み寄った。


「先生、あの……」

「文献持つの手伝ってくれる気があるなら、これ頼む」


私には目もくれず、各務先生は脇に抱えていた本を私に差し出した。
反射的に両手で受け取ってから、私は思い切って顔を上げる。


「各務先生。聞きたいことがあるんです」

「何?」

「昨日の朝……私が部屋を出た後、誰か入って来ませんでしたか」


ちょっと声を低めて探るように聞くと、各務先生が本を捲る指をピタリと止めた。
そして、ようやく私にまっすぐ視線を向けてくれる。
その眉間の皺を見つめて、私は無意識にゴクッと唾を飲んだ。
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