エリート外科医の一途な求愛
「なんだ。やっぱり会ってたのか」


各務先生は小さく溜め息をついてから、左手の本をパタンと閉じた。
そして、シレッと更に奥に進んで行く。


「だったら言ってください! いきなり言われて、反応に困ったじゃないですか!」


その背を追いながら言い返すと、彼は肩越しに私を振り返った。


「何を言われた?」

「えっ……」


短く鋭く聞き返されて、一瞬私の方が言い淀んでしまう。
私の反応を見て、彼はふうっと口をすぼめて息を吐いた。


「君の方はあの時木山先生に会ったことを覚えてないみたいだったし、俺もあの後部屋に入ってきた木山先生と会っただけだ。正直、何か見られてるとは思わなかったし、君と同じように、木山先生が部屋から出たのが誰か気付いてないなら、敢えて探らない方がいいかと思ってたんだけどな」


抑揚のない声で淡々とそう言って、各務先生は進んだ先の書棚に再び凭れ掛かる。


「ぶつかりそうになったんです。私は木山先生だと気付かなかったけど、先生の方は私だってわかってて。ただ、どこまで見られてたのかわからなくて、それで……」

「俺にも何も言ってこなかったんだけど。……そっか。仁科さんだけに匂わせてくる辺り、どうも気味悪いな……」


思案するように呟く不快気に歪む横顔に、私はドキッとしながら預かった本をギュッと胸に抱き締めた。
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