エリート外科医の一途な求愛
「クックッ……。まったく、君は……」


せり上がってくるような笑い声を噛み殺し、各務先生が真っすぐ私に視線を向けている。
そんな彼の姿に、私は、今自分が巻き起こしたこの事態をしっかり理解した。


「っ……!」


途端に、カアッと頬に血が上る。
怒りのあまり、医局のクズ以下のドクターに向けてしまったのは、誰がどう聞いても不必要な一言。
しかも、ただの事故を自分で盛った挙句、それを各務先生に聞かれてしまうなんて。


「なんだかよくわからないけど……木山先生がどっか行ってる間に、逃げとこうか?」


各務先生は、アワアワし出す私の腕を強く引くと、よろけた私の肩を抱いて支えた。
そして、『走れ』と一言短い命令をして、夕闇に包まれた都会の大通りを走り出す。


「ちょっ……!」


これでも少しはお酒が入っている。
その上、動揺でパニックし始めた私は、強く引っ張られてもなかなか足がついていかない。


「ほら、しっかり」


軽く見上げる各務先生は一人涼しく余裕の顔。
足を縺れさせる私を、楽しそうに見下ろしてくる。


「っ……」


もういい。
済んでしまったことに慌てても仕方がない。
私はそんな思いで開き直って、まだ通りに突っ立っている木山先生の前から、各務先生と一緒に逃げ出した。
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