エリート外科医の一途な求愛
そう言って、各務先生が私の方に戻ってくる。
彼が何をどこまで本気で言ってるのかわからず、私は黙ったままでいた。
伏せた目線の先で、彼の靴の爪先がピタリと止まるのを見て、無意識に肩を強張らせる。


「……なあ、仁科さん」


それまでのからかうような声色とは違う、どこか優し気な低い声が、私の耳をくすぐる。


「あのねちっこい男は、君が俺のこと好きだって誤解してるだろうし、俺もそこは深読みして自惚れたいとこなんだけど」

「ほ、ほっとけばいいです。お互い今まで通りで関わりを持たなければ、それ以上の誤解を招くことはないし、何も起こらなければ木山先生だって飽きますよ」


それだけ言うのがやっとで、私はプイッと顔を背けた。
けれど、伸びてきた各務先生の手が私の頬に触れて、それ以上背けることが出来ない。


「それは、嫌だ」

「え?」


短い声に、私は上目遣いの視線をそっと各務先生に向けた。


東の空に昇ったばかりの新月が、細い光を地上に降り注いでいる。
どこか青白い月光を背に、各務先生が私を真っすぐ見下ろしていた。


「俺は、木山先生と違って、相手の出方を窺うような気長な性格じゃないんでね。鉄壁の君が綻んだせっかくのチャンスだ。何も起こさないなんて悠長な真似はしない」


そう言いながら、更に私に踏み込んでくる各務先生から逃げるように、私は一歩後退した。
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