エリート外科医の一途な求愛
「お疲れ」


彼の方は立ち尽くす私に気付くと走るのを止めて、ゆっくり歩を進めてきた。


「お、お疲れ様です」


お盆を胸に抱き締めて、肩を縮めるようにして頭を下げる。
各務先生はそんな私をチラッと見遣ってから、応接室のドアに目を向けた。


「レイは、中?」

「レイ?」


いきなり向けられた短い質問に、私は思わず聞き返した。
各務先生は小さくクスッと笑う。


「レイモンド・ブラウン。アメリカから来てるんだろ? 俺も教授に呼ばれたから」

「あ、は、はい。今教授と……」


親しげに博士を呼ぶ各務先生に慌てて返事をしながら、ドアに手を掛ける彼を横目で見た。
私の視線に気付いたのか、『ん?』と首を傾げる彼に、鼓動が上擦った音を立てる。


「か、各務先生のアイスコーヒーもお持ちしますね」

「ああ、サンキュ」


短い謝辞を聞いてから、私はクルッと各務先生に背を向けた。
そのままもう一度給湯室に向かおうとすると、『葉月』とちょっと低めた声で名前を呼ばれた。
反射的にギクッとしながら、私は慌てて大きく振り返った。


「ちょっ……名前で呼ぶの、やめてください」


カッと頬が熱くなるのを自覚しながら、私は無駄に辺りを見回した。
広いとは言え、廊下は十分見渡せる。
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