エリート外科医の一途な求愛
今、私と各務先生の他には誰もいないとわかってるのに、私は辺りを憚って視線を走らせた。


「誰も聞いてないよ。って言うか、俺も君に名前で呼んで欲しいんだけどな、『颯斗』って」


ちょっとからかうように目を細めて、声だけ潜める各務先生に、私は軽く唇を尖らせた。


「どうしてそんな意味が。私、各務先生の彼女になった記憶はないんですけど」


熱くなる頬を誤魔化そうと、顔を背けながらそう言うと、フフッと小さな笑い声が聞こえた。


「キスした時の反応は可愛かったのに」

「誰が通るかわからないようなとこで、デリカシーないこと口走るのはやめてもらえませんか」


シレッとした独り言に食い付くように畳み掛けると、彼はヒョイッと肩を竦めていた。


「なあ。今日の夜さ。ウチ来ないか?」


しかも、各務先生は涼しい顔でそんな誘いをかましてくる。


「人の話、聞いてますか。なんで私が各務先生のお宅にお邪魔しなきゃならないんですか」

「医局で顔合わせてるだけじゃ、君はいつまでもその態度だからね。仕掛けるしかないだろ」


そう言いながら私に向けられるのは、不覚にもグラッと来そうなほど魅惑的な微笑みだ。
それでも、私にはそれに屈せず、正当にお断り出来る用事があった。
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