エリート外科医の一途な求愛
「葉月。車で送る。送らせてくれ」


各務先生がそう言って、彼との距離を開く私に手を伸ばした。
それに私は大きく首を横に振る。


「いえ。大丈夫。一人で帰ります」

「葉月」

「本当に、大丈夫です」


伸ばされた手を交わすように、肩に力を込めて身を縮めた。
そして、強く拒むように同じ言葉を繰り返す。


それを聞いて、各務先生はピクッと指を震わせた後、その手をゆっくり下に下ろしていった。
私に届かなかった彼の手。
私はそれを、無意識に目で追いながら俯いた。


「アメリカでのご活躍、楽しみにしてます」


声を震わせることなく言い切れた自分にホッとした。
だけど、これ以上はもう何も言えない。
頬を伝うことなくダイレクトに零れた涙が床に落ちるのを見て、私は急いで踵を返した。


「葉月……!」


各務先生の声が、私の背中を追ってくる。
涙で詰まった声を出せず、返事をすることも出来ない。
後から後から伝ってくる涙でぐしょぐしょの顔を、彼に向けることも出来ない。


恋に落ちずにいて、良かったと思った。
始める前に終わった。
これで良かったんだと思うのに。


ドアから飛び出す前に、玄関先に追い掛けてきた各務先生の姿が、視界の端っこを過った気がした。
彼が立ち尽くしていたのは、このみっともない泣き顔を見られてしまったせいかもしれない。


だけど、見ないフリをしてくれた。
そういうことだと思いたい。
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