エリート外科医の一途な求愛
「仁科さん。もっとこっちに寄れ。傘に入れてやってる意味がほとんどないじゃないか」

「え?」


聞き返した私の隣で、各務先生がピタリと足を止める。
それにつられて私もその場に立ち止まり、そっと彼を見上げた。


各務先生はほんの少し不機嫌そうに唇をへの字に曲げている。
そして、自分の二の腕を指でトントン叩いて示す。


その仕草に、私は自分の二の腕を見下ろした。
外側の腕はすっかり雨で濡れて、白いシャツが肌に貼り付いていた。


「あ。す、すみません」


慌てて謝り、私は意識して半歩だけ彼に近寄った。
途端に、傘を持つ彼の腕に私の腕がぶつかり、ビクッと肩を震わせる。
それを見て、各務先生が大きな溜め息をついた。


「……仁科さん、手、出せ」

「え?」


ちょっと不機嫌そうな声に聞き返すのとほぼ同時に、彼が私の手をギュッと掴んだ。


「なっ……!」


勢いよく掴み上げられ、私は慌ててもう片方の手で議事録を胸に抱き締めた。


「ちょっ……いきなり何を……」


文句を言い掛けながら各務先生を見上げた私は、結局すぐに口を噤んだ。
彼は、掴み上げた私の手に、自分が持っていた傘の柄を押し付けていた。
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