エリート外科医の一途な求愛
「各務君に風邪を引かれてオペの予定が狂ったりしたら、患者からのクレームに発展しかねないからな。仁科さん、ちょっとでもおかしなことがあれば、無理矢理にでも薬飲ませてくれ」

「は、はい……」


そう言われて口ごもりながら、私は声を消え入らせた。
各務先生が濡れ鼠になったのは私のせいなのに、それを説明もできなくて、とても後ろめたい。


教授と私の会話を聞いて、私の後ろから、木山先生が苦笑しながら会話に割って入ってきた。


「教授がご心配されることはありませんよ。この雨の中、傘も差さずに走って戻ってきた各務先生に、ウチの研修医たちは、それはまあ親切ですから。仁科さんがわざわざ気に掛けることもありません」


私の隣に並ぶ彼をチラッと横目で見上げると、『ね?』と同意を求めるように見下ろされた。
『自業自得なのに』と言いたいのが感じられて、私は黙ったまま曖昧に目を逸らす。


「そうか? まあ、私がアメリカ出張の間、医局を頼むよ。仁科さん」


教授はちょっと呑気な様子で笑うと、腕時計に視線を落として立ち上がった。
デスクの上に出した黒い革のカバンの中に、私が借りてきた議事録を丁寧に仕舞い込んでいる。


「は、はい。もうお出かけになりますか?」


慌てて顔を上げて訊ねると、ああ、と短い返事が返ってきた。
< 39 / 239 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop