エリート外科医の一途な求愛
湿ったシャツもそのまま。
誰かがユニフォームを取りに行ってくれたのを待っている様子だった。


「医者の不養生という言葉通りの事態にならないようにしてくれよ。じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


軽く頭を下げて送り出す各務先生の肩をポンと叩くと、教授は颯爽とドアに向かっていく。
私は更にその後を追って、ドア口から教授をお見送りした。


九十度の角度で頭を下げゆっくり背を伸ばした時、木山先生が近寄ってきた。


「僕もこのまま講義に行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」


教授に程ではなくとも、もう一度軽く頭を下げる。
それを見て、木山先生が目を細めて笑った。
お見送りしたつもりだったのに、足を止めて私の顔を覗き込んでくる。


「ねえ、仁科さん。今夜、予定ある?」

「え?」


辺りを憚るように、コソッと低い声で訊ねられて、私は短く聞き返した。
何度も瞬きしながら木山先生に視線を向けると、彼は口角を上げてニッと微笑む。


「久しぶりに、一緒に食事でもどう? 教授不在ならそれほど遅くならないだろ? ご馳走するよ」

「いえ……すみません。食事は、ちょっと……」


私は微妙に背を仰け反らせ、彼との距離を開いてから、ぎこちなく笑ってみせた。
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