エリート外科医の一途な求愛
「で? それの何が不満なんだ? 君は」

「不満じゃないけど、ガッカリです。オペ中はちょっと素敵だと思ったのに、結局口だけの男かって」


そう言って、私は各務先生から顔を背けた。


各務先生はハッと短い息を吐いてから、静かに箸を手に取った。
汁物のお椀を左手に持ち上げる。


「何が言いたいんだ、君は」


涼しく言い捨て、彼はお椀に目を伏せた。
軽くズッと汁を啜ってから、「美味い」と一言呟く。


「仁科さん。取り敢えず、いただけば?」

「各務先生と向き合ってたら、せっかくのお料理も台無しです」

「気の持ちようだよ。美味いもんは美味い」


気分や雰囲気は、料理の味にも影響するんだってば!……と言いたいところだけど。
ビジュアル効果も狙ってチョイスされた、見た目も美しい本懐石は、なんとも言えず魅力的。
当然ながら、食べ物に罪はない。


結局私は、各務先生ではなく料理に負けて箸を取った。
私がお椀に口を付けるのを見守っていた各務先生が、『ああ』と何か思いついたように頷く。
そんな仕草に思わず首を傾げると、彼は向付のお刺身を箸で摘んだ。


「口だけって、もしかしてアレか」

「は?」


品のいいほんのり薄味のお吸い物を味わい、お椀から口を離したタイミングで、私は短く聞き返した。
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